ここではchuのお気に入りな本を紹介していきます。音楽同様かなりマニアックなものもありますが、気にしないでください。ちなみにchuは本がかなり好きです。純文学、推理小説、SF、詩集、解説本、その他いろいろかなりの本を読んできました。誰も信じてくれませんが・・・・ 悲しいかな、やはり好みは変わったものに向いていきます。では始めましょう。 |
「The Siamese Twin Mystery(シャム双生児の謎)」
Ellery Queen(1993年10月)
今までの推理小説の長い歴史の仲で数多くの名推理小説作家が世に出てきて、、彼らによって名探偵が生まれてきました。映画に多くなったこともあり、皆さんに最もよく知られているのは「アガサ・クリスティ」でしょう。しかしchuはクリスティも含めた多くの推理小説に一つの不満がありました。それは最後のクライマックス、つまり謎解きの瞬間に提示される証拠が探偵しか知りえないものが多いということです。また心情的な証拠(実際には証拠とは呼べないもの)が決定打になるシーンも少なくありません。これらの特徴は特にクリスティに顕著です。そんな消化不良のchuの前に現れたのが「エラリー・クィーン」でした。この「エラリー・クイーン」というのは、フレデリック・ダネイ(Frederic Dannay 1905〜1982)とマンフレッド・リー (Manfred Bennington Lee 1905〜1971) といういとこ同士の二人が、合同で使ったペンネームです。彼らは1929年に「ローマ帽子の謎」で鮮烈なデビューを飾り、その後50年間にわたりアメリカミステリー界に君臨しつづけました。ミステリー作家としてだけではなく推理小説についての書誌学的研究や多くの編纂書を通して、世界の推理小説界をリードしました(実際に彼らの推理小説に関する蔵書は凄かったらしい)。「ローマ帽子の謎」から有名な初期の代表作シリーズである「国名シリーズ」が始まります。シリーズものとしてはこれを超えるものはいまだに出ていないでしょう。また同時期に彼らは「バーナビー・ロス (Barnaby Ross) 」名義で耳が聞こえない元シェイクスピア俳優という探偵「ドルリー・レーン」を主人公にした「Xの悲劇」「Yの悲劇」「Zの悲劇」「ドルリー・レーン最後の事件」という4部作を書き上げています。当然これらも名作です。特に「ドルリー・レーン最後の事件」では彼らの古書に関するすさまじい知識が見て取れます。初期の「国名シリーズ」のあと、彼らはニューイングランドの架空の田舎町「ライツヴィル」を舞台にした「ライツヴィルシリーズ」を書き始めます。後期になるとさらにスケールは大きくなり、「切り裂きジャック」などもなぜか登場するようになります。chuとしてはありきたりですが、初期の「国名シリーズ」「ドルリー・レーン4部作」がお気に入りです。「エラリー・クイーン」の小説では同名の「エラリー・クイーン」という探偵が登場し、事件を解決していきます。彼は作中ではニューヨーク警察殺人課のリチャード。クイーン警視の息子で、なんと推理小説作家という設定です。そんな環境ですから殺人事件には困りません。父であるクイーン警視が解決できないような難儀件をエラリーが父親を盛り立てながら解決していきます。「エラリー・クイーン」の小説の最大の特徴は「フェアプレイ」ということです。小説に登場する探偵は、読者と同じ証拠・材料でしか推理をしません。言い換えれば、読者には全ての証拠を与えるということです。これは作者にとっては冒険です。推理小説を読む読者は必ず犯人は誰か、ということを推理しながら読んでいます。当然途中で犯人がわかってしまってはお話になりません。「エラリー・クイーン」はそんな読者に挑戦しているのです。実際に「国名シリーズ」や「ドルリー・レーン」ものには読者に対する挑戦状があります(何作か挑戦状を書くのを忘れているものがありますが)。「ここまでで全ての証拠はそろった。犯人を当てれるものなら当ててみろ」と書いてあるのです。まさにフェアプレイ。ただ彼らの小説に問題があるとしたら、どうしても証拠を重視するため、かなり理屈っぽくなってしまうということでしょう。エラリーと父親であるクイーン警視の会話のシーンなどは何度か読み返さないとわからなくなることがあります。「こんなことまで検証するのか??」というくらい細かいところも検証し、推理の穴を埋めていきます。ちょっと偏執的です。これもフェアプレイをモットーにしたせいではありますが・・・・ そんな「エラリー・クイーン」の作品の中でchuが一番好きなのが「シャム双生児の謎」です。「国名シリーズ」の中でもちょっと変わった作品です。休暇で父親のクイーン警視とともに愛車デューセンバーグでドライブしていたエラリーは、人跡稀なアロー・マウンテン山中で、山火事に行く手を阻まれてしまう。逃げ延びた山頂には孤立した屋敷があり、そこには高名な外科医とその妻および弟、助手の医者と訪問客の貴婦人、その秘書と屋敷の使用人と「スミス」と称する正体不明の男がいる。さらに異形な人間が・・・・まあ言っちゃうと「シャム双生児」なんですが。 そんな異常極まりない状況で殺人事件がおきる。山火事によって下界と切り離された孤立状況の中で、クイーン父子は通常の警察力を使えず、2人きりでの事件捜査を強いられます。連続殺人事件に2重のダイイング・メッセージというエラリー・クイーンお得意の展開。とにかく「切り裂かれたトランプ」という単純なダイイング・メッセージの解釈に固執するエラリー。また山頂に迫りくる山火事。逃げ道はなく、死を覚悟した中で繰り広げられるエラリーの謎解き。なんとも独特のスピード感があり一気に読んでしまいました。実際、chuが「エラリー・クイーン」のファンになったのはこの小説を読んでからです。確かいとこからもらったボロボロの創元推理文庫版でカバーもなく、所々黄ばんでいました。なんか和訳もおかしくて、英語の「Oh」を「おおっ」と全て訳していたような。その精密な推理と論理に「今まで読んできた推理小説はなんだったのか??」という思いでいっぱいになった記憶があります。最終的にハエラリー・クイーンの小説は短編も含め全て読破してしまいました。エラリー・クイーンの小説はどうしても推理に主眼が置かれるために、情景描写がおざなりになりがちですが、この「シャム双生児の謎」は山火事に追い詰められていくエラリーたちとその山火事の描写が見事です。一般的には他の国名シリーズや「ドルリー・レーン」もののほうが人気があります。特に「ギリシャ棺の謎」「エジプト十字架の謎」「オランダ靴の謎」「フランス白粉の謎」「Xの悲劇」「Yの悲劇」さらには中期以降の「中途の家」「10日間の不思議」「災厄の町」などが人気です。まあここらへんを読めば外れはありません。また短編集「エラリー・クイーンの新冒険」に収められている「神の灯」は傑作です。下に作品リストを載せておきます。推理小説が好きな人は一度読んでみてください。 |
長編リスト
ローマ帽子の謎(1929) | フランス白粉の謎(1930) | オランダ靴の謎(1931) | Xの悲劇(1932) |
ギリシャ棺の謎(1932) | Yの悲劇(1932) | エジプト十字架の謎(1932) | Zの悲劇(1933) |
アメリカ銃の謎(1933) | レーン最後の事件(1933) | シャム双生児の謎(1933) | チャイナ橙の謎(1934) |
スペイン岬の謎(1935) | 中途の家(1936) | 日本樫鳥の謎(1937) | 悪魔の報酬(1937) |
ハートの4(1938) | ドラゴンの歯(1939) | 災厄の町(1942) | 靴に棲む老婆 (生者と死者と)(1943) |
フォックス家の殺人(1945) | 十日間の不思議(1948) | 九尾の猫(1949) | ダブル・ダブル(1950) |
悪の起源(1951) | 帝王死す(1952) | 緋文字(1953) | ガラスの村(1954) |
クイーン警視自身の事件(1956) | 最後の一撃(1958) | 盤面の敵(1963) | 第八の日(1964) |
三角形の第四辺(1965) | 恐怖の研究(1966) | 顔(1967) | 真鍮の家(1968) |
孤独の島(1969) | 最後の女(1970) | 心地よく秘密めいた場所(1971) |
短編リスト
エラリー・クイーンの冒険(1934) | エラリー・クイーンの新冒険(1939) | 犯罪カレンダー(1952) |
クイーン検察局(1955) | クイーンのフルハウス(1965) | クイーン犯罪実験室(1968) |
「失われた部屋」
Fitz‐James O'Brien
アイルランド生まれの作家オブライエンの短編集です。日本では非常にマイナー(というか普通の人はまず知らない)作家です。オブライエンは1824年にアイルランドの弁護士の息子として生まれます。多額の遺産を相続するも、それをたった2年で使い果たし、新規蒔き直しを計るために1852年アメリカに渡ります。そこで彼は奔放華麗な詩を発表し注目を集め、さらに斬新なプロットやイマジネーションに満ちた短編小説を発表し、時代の寵児となります。しかし彼は1861年、南北戦争が勃発すると北軍に入隊し、翌年左腕を切断する重傷を負いわずか33年の生涯を終えます。彼の小説は第二次産業革命という時代背景のためか、科学への驚異に満ちています。文学史的にはポーとビアースの間の空白期を埋める唯一の作家といえます。その短編の数々は現代のファンタジー、SF、幻想小説の分野を切り開いたと言っても過言ではないでしょう。ただオブライエンの作品を読むにはかなり本自体が限られてしまいます。この「失われた部屋」はサンリオSF文庫から出ているもので10篇の短編が収められています。chuは「あれはなんだったのか?(What Was It?)」でオブライエンを知りました。この短編だけからならホラー作家なのかな?と思いましたが、この短編集を読んで一気にとりこになりました。現在日本で気軽にオブライエンを読める本はおそらくこの短編集だけでしょう。
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「無関係な死・時の崖」
安部公房
日本が世界に誇る前衛作家、安部公房です。彼の名前は知っていてもその作品を読んだ人はあまり多くはないかもしれません。とにかく設定が奇抜で、あまりに現実世界とかけ離れています。特に初期の作品は主人公がいきなり壁になってしまったり、狸になってしまったりと、物語の転換についていくのがやっとです。ただどの作品にも共通しているのは「社会における自己の喪失」というテーマでしょう。「箱男」で主人公はダンボール箱をかぶり、「自己」を覆い隠したまま生活をします。「砂の女」で主人公は砂丘に掘られた穴の中の不思議な一軒家に閉じ込められてしまいます。自分の意思で、または自分の意志と関係なく社会と隔絶された主人公たちは懸命に社会との接点を見出そうともがきます。初期の作品ではその自己の喪失という状況が主人公の形さえも変えてしまいました。水になる人々、糸のように解れてしまう主人公。そして社会の匿名性の中に埋没して自分そのものがなくなっていく。残るのは社会というとてつもなく大きな化け物に飲み込まれて「個性」も何もなくなり、ただの構成要素に分解された人々だけ。また最初はもがきながらも、結局はその状況に安住してしまう主人公たち。20数カ国で翻訳された名作「砂の女」はこの阿部公房普遍のテーマが最もわかりやすい形で表現された傑作です。砂丘の穴の中の家から必死に脱出を試みる主人公。彼はもはや社会では「行方不明」として処理されてしまう人間なのです。永い苦労の末に穴から脱出した主人公は自らの意思でまた穴の中へ戻ります。この脱出するための工夫を誰かに見てもらいたいがために。社会の中で自己を保つことが大事なのか、それとも埋没してしまうことが楽なのか。安部公房は繰り返し問い掛けてきます。 「無関係な死・時の崖」はそんな阿部公房の昭和32年から39年にかけて書かれた短編集です。どの作品にも自分をどうしょうもない状況にどんどん追い詰めていく主人公が登場します。特に表題作「無関係な死」「時の崖」さらに「人魚伝」などは長編に勝るとも劣らない傑作です。
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